「暑ぃー!」

ドアノブに触れたときに中から聞こえた声に思わず声を顰めた。
とある鍛錬室。そこにセロナがいるだろうと思い来たのだがその声の主がセロナのいい鍛錬相手だということをすっかり失念していた。 もうこのまま帰ってやろうか。伝えなくても自室はトラップだらけだし、たかが一日戸締りしなくてもたいした問題にはならないだろう。 そう考えていたのに横からライラが入らないの?と言う風に覗き込んできた。
なんでもないように笑ってノックをし部屋に入る。 部屋はさすが鍛錬室というべきか広い。その部屋の隅に男がそれぞれ壁に持たれて二人座り込んでいた。 正面に座っているセロナに向かって歩きだす。途中武器を短剣に変形させて横に座り込んでいる男を見ずに投げつけた。 弾かれたのかガキンと剣がぶつかり合う音に横目で思わず舌打ちをし、セロナの前に立つ。

「まわるじゃねーか、どうかしたのか?」

気だるそうにシャツをぱたぱたさせながらセロナが見上げる。
今日はとても暑い。鍛錬をしていたこともあるだろうが外はじりじりと太陽が地面を焼いているほどだ。 さすがのセロナも参っているのだろう。だいぶだらけて座り込んでいる。

「今日は帰らないので戸締りして寝てくださって結構です」

用件を簡単に言う。こんなところに長居は無用だからだ。今日の私は忙しい。

「おい」

肩に手が乗る。みしみしと音を立てそうなくらい人の肩を掴むとは一体どういうことだ。 人がせっかく今日は喧嘩を売らないでやろうと思って見ないようにしてるというのに。 はっとため息をついて正面を向いたままなんでもないように言ってやった。

「なんですか」
「なんだお前、その格好は」

笑顔を貼り付けたまま振り向く。相手は…ドミニオンは暑さに相当参っているのか目が血走っている。 タンクトップ姿であることの効果はないのか体中から汗が吹き出ていた。

「何時も通りの格好ですが?」
「アホか!なんでこのくそ暑い日にんな暑苦しい格好してるんだよ!」

私はいつものようにズボン、ロングブーツ、コートを着用していた。
さすがに中は薄手のシャツを着ていたが見た目春の時と同じ姿のままだ。

「あ〜、そいつ。金がねーって新しく服買おうとしねーんだよ」

セロナが手で仰ぎながらいう。

「はぁ?お前そんなに金に困ってるのかよ」
「そうですね。誰かさんがたくさん食べるので」

じっと後ろに待機していたライラを見る。いきなり話を振られ慌てたらしく挙動不審になっている。

「そ、そんなに食べてないわよ!!」

ともかく仮想世界とはいえお金はかかる。服代に然り、食費に然り。そこはリアルだ。
一度何もせず退屈凌ぎだけにかまけていたら、本気でお金がなくなってしまった。 仕方がないので日々の食料を削り耐久じみたことをしていたら(まぁ、これも一種の退屈凌ぎではあった) ライラが先にぶっ倒れた。アバターの体であるが自分は食べることを習慣化させていたため多少お腹は空いたりしたが体調面では変わりなかった。 召喚獣はそうはいかなかったらしい。体調を崩し、結局大量の食料と魔力を与える羽目になってしまった。 あんな面倒ごとはもうごめんだ。疲れるのは別に好きじゃない。
だからお金が少なくなってきた今日、ご飯代を稼ぎに地下にでも略奪しに行こうと思っていたのだが。

「あと私は肌を露出させるのは好きでないので」
「だったらもっと薄手の長袖の服でも買って着ればいいだろ!お前も汗だらだらじゃねぇか!」
「余計なお世話です。この仮想世界では一ヶ月もすれば秋になります。それまで耐えればいいだけの話ですね」
「それまで見てるこっちが暑苦しいんだよ!!!」

ぐいっと服を引っ張られコートを脱がされそうになったので咄嗟に手を払い、ドミニオンから距離をとる。

「なにするんですか、いきなり」
「服買う気がないなら、せめてその袖削いでやる!!」

ドミニオンが剣をこちらに向けて叫ぶ。完全に暑さにやられているようだ。 いつものように流してくれればいいものの人が忙しいときに限ってなんて面倒な事態になるのだ。 セロナもおー、ちょうどいいじゃん。削いでもらえ〜と手をひらひらさせて止める気はないらしい。

「いいから大人しく削がれるんだな!」

そういってこちらに二刀を向けて飛び掛ってくる。

「ライラ!そこに落ちてる武器をこちらによこしなさい!」

そう命令するとライラは先ほどドミニオンによって弾かれ床に落ちていた私の武器を拾ってこちらへ投げる。 それを受け取ると形状を剣に変え、攻撃を止めた。 だが止められてもドミニオンはそのまま力任せに剣で押してくる。 力では分が悪い。大体私は近距離での戦いはあまり好きではない。 力を後ろへ抜き、相手に隙ができた瞬間足払いをかけた。 ドミニオンは一瞬よろめいたが綺麗にバク転をして体制を立て直した。

「大人しくしろっていってんだろ!」
「そうはいきません。服がかかってるのでこちらも本気で行きます!」
「理由ちっさ!本気で行く理由小さくないかそれ!」
「なんとでも!」

今度はこちらから仕掛け、早々に終わらせる!地面を蹴って武器の形状を鞭に変え…。

「あ」
「ん?」

正直動き回ったのもあって余計に暑くなり意識が朦朧としてきていた(それを悟らせる気はないが) セロナの言葉にトラップかと思ったときにはすでに遅く、足にロープが絡まり気づいたときには宙吊りになっていた。

「完全に吊られた男ですね」

ドミニオンと戦ってなければこのようなハプニング、大歓迎なのですが。

最悪なことに吊られたときに武器を落とした。持ち主の魔力を感じられなくなったそれはすっかりただの棒と化している。 本当に最悪だ。これでは逃げられないではないか。
目の前にふっと影がかかる。

「観念するんだな」

怪しく笑っているドミニオンにコートを引っぺがされた。










「ほらよ」

いい仕事をしたという感じの顔でコートを渡される。 トラップからはセロナに手伝ってもらい脱出できたがコートは助からなかった。 綺麗に袖の部分が削がれ、ノースリーブのようになっているが端からは若干糸が出ている。

「・・・・・どうも」

受け取ってそれを着たがやはり腕がスースーする。心許無い。 削いだ本人はこれで少しは涼しくなるなと笑っている。
私は落ちている袖と一緒に武器を拾い…。

――ガキン!!!

隙をついた攻撃だったのに綺麗に止められた。剣と剣が擦れる音が響く。

「そんなに暑さの影響を視覚が及ぼすと言うなら見えないようにして差し上げますよ。一ヶ月間死んでください」
「そんな器用なまねできるか!」
「なんだぁ、また喧嘩してんのかぁ?」
「喧嘩!?…戦闘か!!」

間延びした声がする。どうやらドミニオンとセロナの召喚獣であるリオとざくろが戻ってきたようだ。

「二人とも戻ってきたのか。…なんだそれ」

セロナが二人を迎える。どうやら二人が何かを持って帰ってきたらしい。 あいにく私はドミニオンと剣を交えたまま、ドアに背中を向けているので見えない。

「アイスだ!冷たくてうまいぞ!!」
「なんか人気商品って売ってたから買ってきちゃったんだよね」
「なんでそんなに買ってきてんだよ。そんなに食べたら腹壊すぞ、ざくろ」

がさごそと袋の擦れる音がする。セロナがこちらに向かって歩いてきた。

「二人ともこれ食って少し頭を冷やせ」

そういうや否やアイスを口の中に突っ込まれた。思いっきり突っ込まれたので喉にあたり思わずむせる。 ドミニオンのほうを見ると同じようにむせていた。

「何を…」

するんですか。と言おうとしたらぐらりと視界が揺れた。






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