「あんたもアイス食うか?」
「…ありがと」

差し出されたアイスをライラはおずおずと受け取った。
ざくろはどーいたしまして!と笑うと再びアイスに夢中になっている。 パッケージには可愛くシママの絵とどっきりしましまあいすと書かれている。 袋を開けると暑さによって溶けかけていたが気持ちのいい冷気を放っていた。

「うっ…ぐ!」

呻き声がしたほうを見るとまわるとドミニオンが膝を折って崩れていた。 どうやら先ほどセロナによってアイスを喉に詰めたせいではないようだ。 実際セロナのほうを見ると彼も膝を折って崩れ落ちている。
三人の足元にはアイスが無残な姿で落ちていた。

「ドミニオン…」

まわるがぽつりとつぶやく。しかし、いつものように敵意を持ったような声ではない。 甘く切なく呼ぶようにつぶやく。いままでそんな声を出して誰かに言っているところを聞いたことがない。 ライラは一瞬鳥肌が立った。

「なんだかあなたを見ているとドキドキが止まらないんです…」

ゆっくり上げられた顔は眉毛は八の字に曲げられ、頬はピンク色に染まっていた。目はさしずめ恋する乙女のようにドミニオンを見つめている。 背景にはきらきらと輝きが見えるようだ。

「まわる…」

ドミニオンの顔がゆっくり上げられる。

「俺もお前を見るだけで胸が締め付けられて…もう愛してる!!」

がしりと手を握られる。ドミニオンもまたまわると同じ表情をしていた。

「そんな直球な…でも私も愛してますよ!」

まわるもがしりと手を握り返す。完全に二人の世界のようだ。 室温が一気に下がった気がしたのにライラの手からはアイスが溶けてぼとりと落ちた。 ざくろはあ〜、勿体ねぇ…と落ちたアイスを見ている。

「・・・・・・るせぇ」

それまで床にしゃがみ込んでいたセロナがゆらりと立ち上がる。 世界を作ってる二人のほうを向いて思いっきりがなった。

「うるせぇ!うぜぇ!二人して気持ち悪い空気つくってんじゃねーよ!!苛々する!!!!」

床が軋みそうなほどの足音を立てて近づきセロナは二人を引き離そうとする。 その手を思いっきりまわるは弾いて相手を睨みつけた。

「邪魔をしようというのですか?セロナ、いくらあなたでもそれなら容赦はしませんよ」

立ち上がったまわるは武器を鞭に変えておりすっかり戦闘態勢に入っている。笑っているが目は笑っていない。 続いてドミニオンも立ち上がって剣を構えた。

「俺とまわるを引き離そうだなんて、覚悟はできてんだろうな。セロナ」










何時もと違う雰囲気にライラは顔が引きつるのがわかった。 何時もといえばまわるとドミニオンが険悪に睨み合うことから始まり、喧嘩をはじめ、セロナがそれを止めることで終わる。 しかし、今回は何故かまわるとドミニオンが手を組み、セロナと戦うことになっている。 どうなっているのだ。つい先ほどまで二人は喧嘩していたではないか。

「・・・アイス」
「え?」

それまで様子をじっと観察していたリオがつぶやく。ライラが振り向くと リオはまわるとドミニオン、先ほどまでセロナがいたあたりにできている赤と青の水溜りを指差した。

「あれを食ったからじゃないかぁ、おかしくなったの」
「そういえば…」
「でもあたしはなんともないぞ!」

ぺろりと平らげたアイスの棒を捨て、ざくろは新しい袋に手を出していた。

「召喚獣には効果ないんじゃないの。俺だってさっき食ったけどなんともないだろぉ?」

リオは自分の体に変化がないことを見せるように両手を挙げた。 ざくろも習って手をあげる。ライラは二人と棒だけになっている自分の手の中のアイスを見比べた。 効果はないのはわかったが食べなくてよかったと思った。

「おい」

ガンっと輪刀を床に叩きつけ、ドスの聞いた声でセロナが言う。床にはヒビが入っている。 背を向けているため表情は伺えないが苛々とした雰囲気は伝わってきた。 どうやら二人に手こずっているらしく、少し息が上がっている。

「お前ら、喋ってる暇があったらあいつらを止めるのを手伝え」
「お、戦闘か!よーし、あたしに任せろ!」
「俺も戦うのかぁ?召喚獣が召喚士に勝てるわけないだろ」
「(あんまり関わりたくない…)」

「て・つ・だ・え」

そう言って振り返るセロナは鬼の形相をしていた。床には輪刀がいっそう深く刺さりヒビを広げている。 しぶしぶ武器を手にとって(一人はノリノリだったが)4人はまわるとドミニオンを囲うようにして隊形をとった。

「人数を増やせば私達を引き裂けるとでも思っているのですか?」
「いいぜ、やれるもんならやってみな!」

その声を合図にセロナはナイフを取り出し、二人に向かって投げる。反対側からざくろも短剣を投げた。 まわるの鞭によってそれらを打ち落とされあたりにナイフが散らばった。 それらを飛び越えるように跳び、ライラとリオが大剣と棒を振りかざす。 しかし、ドミニオンが二刀でそれぞれの武器を叩き落した。 無理やり加えられた力にライラとリオもそのまま地面に体をぶつける。 まわるはライラの手をブーツで踏みつけた。容赦ない痛みに顔を顰める。

「私に歯向かうだなんて、いい子ですね。ライラ」
「・・・っ」
「チッ!」

セロナは舌打ちをして、二人に向かって輪刀を投げつけた。 まわるとドミニオンは地面を蹴って後ろへ飛びかわした。 にやりと笑って、悠然と背中合わせに武器を構える。 ぶつかる場所を探して未だに飛び続けてる輪刀をワイヤーを使って手元に戻し、セロナは二人を睨みつけた。

「うぜー。お前らなんでいつも以上に動きがいいんだよ」
「まわるが傍にいるからか。これが愛の力ってやつか…」
「ドミニオン…私もあなたがいるから安心して戦えます…」

またもやピンク色の空気を放ちだした二人にセロナは青筋を立てる。 隙をついて攻撃してやろうと輪刀を構えた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。不思議な空間があたりを覆う。

「そうです…。いつもいつもあなたは私達が勝負することによって二人の愛を確かめ合ってると言うのに  邪魔をして…うっ…ひど、酷いですよ…セロナ……」
「泣くな、まわる…」
「チッ、トリックルームか…」

卑屈な言葉と共に流れたまわるの涙をドミニオンが拭う。
トリックルーム―――まわるの技の一つであり、特殊な空間を作り出しその空間内にいる者は すばやさを強制的に反転させられる。また発動者の性格も反転するものでもあった。
思い通りにいかない体をセロナは無理やり動かす。だがその動きは先ほど戦っていた時とは打って変わって鈍い。

「これ以上二人の邪魔はさせないんですからぁー!!!」
「逃げるなーーーーー!!!!」

まわるは泣きながらドミニオンの手を掴んで猛スピードで走り出す。
セロナの叫び声もむなしく、二人の姿はあっという間に見えなくなった。

「おい、リオ!お前、あいつより早く動けるだろ!!なんで追いかけねーんだよ!」
「え〜、ドミニオンも楽しそうだからもう別にいいかなぁと思って」

それに飽きてきちゃったし〜、と言いながらリオは欠伸をした。

「マスター!アイス!アイスがものすごい早さで溶けていくぞ!食べるのが追いつかない!」

ざくろが慌ててアイスに齧り付くがその動きはやはり遅くアイスはどんどん溶けていく。

「んなことしてる場合か!早くここから脱出してあいつら追っかけねーと完全に逃げられるだろ!」
「大丈夫よ、私とリオがいるんだもの。100M内には必ずいるわ」

体についた汚れを払いながらライラは言った。

「でもほっとくのもあれだし、仕方がないから追いかけるわよ」




















「どこいきやがった、あいつら」

なんとかトリックルームから脱出したセロナ達は二人が走り去っていった商業区にある商店に足を向けた。 あたりを見渡すが人が多くとてもあの二人を見つけられそうにはない。

「いや、そうでもないかもぉ」
「なんか辺りの人たちが固まってるわね」
リオやライラの言うとおり商店の行き交う人達ところどころで固まっている。 確か固まってる人々はまわるやドミニオンの顔見知りばかりではないだろうか。 あの二人のいつもと違う空気に当てられたのだろう。顔はみな引きつっている。

「じゃー、こいつらを辿っていけば二人にたどり着くってことだな!」
「あいつらとっとと見つけてぶん殴るぞ」

やる気満々に走り出して行ったペンドラー主従にリオとライラはため息をついて後を追った。





「よーし、見つけた!あたしがいっちばーん!」

商業区にある外れ、木々が少し生い茂ってるところに二人はいた。 ざくろに続いてセロナ達もやってくる。あたりはすっかり日が落ちかけていた。

「こんなところに隠れやがって…」
「あなた方もしつこいですね、そんなに邪魔をしたいのですか?」
「俺達は離れるつもりはないぞ」
「ドミニオン…そうです。何度追いかけてきても逃げてみせますよ」

また視界がぐにゃりと歪んだ。

「そう何度もトリックルームに嵌ってたまるか!ざくろ!!」
「まかせろ!マスター!!」

ざくろは無数の短剣を投げた。それは地面を縫うように的確に二人の足元へ向かう。 二人が避けている隙をついて、ライラとリオはそれぞれに飛び掛った。 まわるとドミニオンは剣を取り出してそれを塞ごうとする。

「・・・っ?」

しかし、まわるとドミニオンの体は簡単に崩れ落ちた。まさかこんなに簡単に倒れると思っておらず勢いで武器をぶつけていたライラとリオも一緒に倒れこんだ。
ざくろは武器を収め、心配そうに4人を覗き込む。

「おまえら、大丈夫か?」
「い、たた…」
「・・・・ライラ、重たいです。いつまでも乗ってないで引いてくれますか?」

まわるは地面に寝転んだまま不機嫌そうにため息を吐いた。抵抗する気はないのか武器に魔力は送られておらずただの棒になっている。 ライラは慌ててまわるの上から引いた。

「あー、どうやら元に戻ったようだな」
「おかげさまで。気分は最悪ですけどね」

先ほどまで鬼の形相をしていたセロナの顔も元に戻っている。どうやら先ほどまで3人にかかっていたアイスの効果が切れたようだ。 まわるは横で同じように倒れこんでいるドミニオンを見てまたため息をついた。

「本当に最悪です。ドミニオンといちゃつく羽目になるとは……ハッ!」
「その台詞そっくりそのままお前に返してやるよ」
「おーい、また喧嘩始めるなよ」
「こいつが売ってこなかったらしねぇよ」

ドミニオンが立ち上がって、リオを起こしながら言う。動き回って多少疲れたのかだるそうに伸びをした。

「喧嘩を売るも何も体に力が入りません」
「あぁ…、鞭振り回して遠距離で長時間のトリックルーム維持してたらそりゃ魔力も切れるよな」
「そうですね、セロナ。というわけで私は寝ますので後はよろしくお願いします」

言うだけいって、まわるは本当にその場に寝始めた。

「こいつも大概のんきだな」







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