「子供さえいなければあんたなんかとさっさと別れてやるのに!!」
「それはこっちの台詞だ!!お前みたいなやつと結婚したのが間違いだった!!」

毎日飽きもせず飛び交う暴言。夫婦喧嘩。 ああ、今日は物も飛んでいるか。さっきから額から流れる血が止まらない。 子供が自分達のせいで怪我をしても気にもしない。
騒ぎを聞きつけてきたのか隣に住むおばさんとおじさんが止めに入ってきた。 おばさんは俺の姿を見ると目を見開いて慌てて自分の家に連れていき手当てをしてくれた。 きつめに巻かれた包帯が少し苦しい。おばさんは我慢してねと笑うと 回の様子を見ててくれるかな?おばさんはちょっと隣の様子を見てくるからねと言って、また俺の家に戻っていった。

部屋を見渡す。通された部屋は子供部屋だ。 たくさんのぬいぐるみ、おもちゃ、大きなベット。一目で愛されてることがわかる。 ベットに近づくと生まれて間もない子供が寝ていた。 まだ薄い髪の毛、小さな手足、白い肌にピンクの頬。柔らかいそれをつつくとむにむにと口が動いた。 何かが近づくと掴むのは本能なのだろうか寝ているはずなのに小さな手が俺の指を包む。

暖かい。掴まれているのは指一本なのにまるで抱きしめられてるみたい。 そう思うととたんに涙が溢れてきた。

「ふっ……っ!」

袖で思いっきり擦っても止まらない。俺はベットに顔を押し付けて泣いた。






〜〜〜〜〜





「恵!!」

回がこちらに駆け寄ってくる。すっかり大きくなった彼は13歳になり、学校にも通っている。 ただ俺とは4歳も離れているため通っている学校は違う。だからこうして終わる時間帯の違う俺を迎えに来てくれているのだ。 嬉くて俺は笑顔でそれを迎える。帰り道、回はその日起こったことを話してくれる。 何を学んだとかもうすぐ体育祭だとか他愛も無い話だけどばかりだけど俺は楽しかった。

「そしたら勇が…あっ」

友人の名前を出したとたん回は口をつぐむ。
以前、俺が楽しそうに友人のことを語る回を見て、思わず微妙な顔をしてしまってから俺には友人のことをあまり話さなくなった。 なんとなく回と友人が仲良くしていることを俺がよくないと思っているのを感じ取っているのだろう。 実際、彼の友人の話を聞くのは辛い。いつかそいつらに回を取られてしまうんじゃないかと思ってしまう。 そう考えただけで心の中で黒い何かがぐちゃぐちゃになっていく感じがする。 嫌だ。ずっと俺の傍で笑っていてほしいのに。

「おかえりなさい、二人とも」
「ただいま、母さん!」

おばさんが庭の花に水を撒いていた。いつの間にか家の前まで来ていたらしい。 俺は慌てて頭を下げる。

「恵君、今日夕飯食べていかない?少し多めに作りすぎてしまって…」

申し訳なさそうに誘われる。たまにこうやって誘ってくれるのはおばさんの優しさなのだろう。 ありがたく思いながらも丁寧に断る。

「いえ、今日は夕飯の準備してるかもしれないので」
「恵…」
「じゃあ、またね。回」

心配そうに見つめる回に笑って、家に帰る。 ただいまと言っても返事は返ってこない。 聞こえてくるのは子供さえいなければ、世間の目さえなければお前と別れてやるのにと叫ぶ声だけだ。 未だに両親は離婚せず飽きずに罵り合ってるだけだ。

俺は静かに扉を閉めた。





〜〜〜〜〜





「お前は回君が好きなのか?」

ある日、珍しく父さんが話しかけてきたと思ったらそんなことを言ってきた。 俺は冷静を装いながらなんでもないように答える。

「好きだよ。当たり前でしょ、幼馴染だもの」
「それはlikeか?loveか?」
「・・・どうしてそんなこと聞くの?」

目を細めて父さんを見る。ふつふつと怒りが湧き上がってきた。 それがお前に何の関係があるというんだ。さんざんほったらかしにしておいて。

「お前は回君が男だとわかってるのか? ただでさえあんな下級家庭と隣だからといって付き合っているが 私の息子が男が好きだなんて知られたら世間の目が…」
「やめてよ、あなた!そんな恵が男を好きだなんて気持ち悪い!!」

好き勝手言い出した父さんの横で母さんがヒステリックに叫んでいる。 下級だと見下してどれだけお前らは上等のつもりなんだ。 世間の目を気にするならまずお前らが喧嘩するのをやめればいいのに。 自分達が近所からどんな目で見られているのかわかっていないのだろうか。 ほらまた喧嘩を始めた。俺がこんな風に育ったのはお前のせいだと罵りあっている。 部屋に戻ろう。聞いてるだけでうんざりする。
ドアに手をかけたが父さんが発した一言で俺はぴたりと止まった。

「こんな下級のところにいるから悪いんだ!引っ越すぞこんな家!」
「引っ越す?」

それは俺と回を引き離すということ?

「ああ、そうだ!いつまでもこんなところにいるのが大体おかしかったんだ!」

頭の奥で何かがブツンと切れた音が聞こえた気がした。
回が近くにいるからこんな環境でも耐えてこられたというのに お前らの低俗な考えで引き離されるなんて堪ったものじゃない。 回が好きで何が悪い。傍にいるだけなのに何が悪い。 気がついたら二人を殴り倒していた。何回殴っても足りない。こんなんじゃ足りない。 騒ぎを聞きつけてか男女二人が家に飛び込んできた。 なんだお前らも邪魔しにきたのか。お前らも俺と回を引き離す奴らか。 そいつらも殴り倒してやる。足りない足りない足りない許さない。 赤いポリタンクが目に入った。ストーブの横においてあったそれを倒れてるそいつらにぶちまける。 火をつけるのは簡単。ストーブをつければいい。スイッチを入れてストーブを蹴り飛ばすと一気に燃え上がった。 今日は確か回は出かけていて夜まで帰ってこないはず。だから心配ない。安心して処分できる。

「く・・・くくっ、ふふっ・・・あは、あはははははは!!!」

消える消える!これで全部忌々しかったものが消える! うざったい罵倒も物をぶつけられることもこれでなくなるんだ! ああ、これで安心して回の傍にいられる。そう思うと楽しくって仕方が無い。 周りが炎に包まれてるのに気にせず笑い続ける。だけどふいに聞こえた声に俺は氷ついた。

「父さん!母さん!!」

振り向くとそこには回がいた。何で?夜まで帰ってこないはずだろう?なんでいるの? 俺に気づいていないのか回は必死に叫んで両親の姿を探している。 そこでやっと先ほど飛び込んできた男女がおじさんとおばさんだということに気がついた。

「おじさん…?おばさん…?」

小さい声で呼んだけど二人の体は燃え上がって皮膚ははがれどろどろになっている。

「うっ…!」

たじろいで濃くなる匂いに耐えきれず吐いた。俺…おじさんとおばさんまで殺しちゃったの?

「父さん・・母さ・・・う・・ぐっ!」

呻き声にハッと顔を上げる。回は煙を吸い込みすぎたのか地面に倒れこんでいる。 俺は回のほうに駆け寄った。助けないと。助けないと! 意識を失っている回を抱えて俺は必死に出口に走った。






〜〜〜〜〜





火事の数日後、回は目を覚ました。両親の死を知らされ錯乱した回を俺は必死に宥めた。
やっと落ち着いてきたころ、親戚とは疎遠だった俺達は一緒に暮らすことにした。 火事のせいで回は声を失い、俺の足は動かなくなってしまったけど二人で暮らせることに少し俺は喜んでいた。 俺は働けないので生活面では苦労をかけてしまうことはとても申し訳ないと思うけれど 好きな人と一緒にいられるんだもの。ずっと傍にいられるんだもの。 働くことで回はどんどん他人に笑わなくなってしまったけれど俺には笑ってくれるからいいやと思ってしまった。 俺も回に依存しているけれど回も俺に依存していくね。それが嬉しい。見ていて楽しい。 だからすっかり俺に依存してしまってると思っていた回の口から両親の話が出たとき腹が立った。 俺とおじさんとおばさん好きだったよ?優しくていつも俺のことを心配してくれたもの。 だけど今の回には俺がいるでしょう?それだけで十分でしょう?回は俺から絶対離れていかない。 その確信で俺は真実を教えてあげた。俺が燃やしたのだと。 もう二人はいないんだから俺以外は見ないでほしい。そう思って抱きしめながらゆっくり床に倒す。 俺以外は見ないでよ。

「回、大好き」

そう大好きなんだから。






繰り返す愛撫に回はせわしなく呼吸をしている。目は手で押さえられておりこちらを見ないようにしている。 俺にこうされるのが嫌なんだろうか?なんでなんでと小さく繰り返しているけれど抵抗はしない。ただ耐えている。

「回」

呼ぶとビクリと体が揺れた。その様子に苦笑する。 驚かさないようにゆっくり声をかける。

「回、もう少しで気持ちよくなるから…我慢してね」

目を押さえている手にいっそう力が入ったのがわかった。






翌朝、俺から解放された回は居間で椅子に体を預けている。 終わらせてやっと我に返った。知っていた。回が俺を家族とでしか見ていないということ。 俺と回の気持ちは違うということ。知っていたのに気持ちが抑えきれなかった。自分以外を見ることが許せなかった。 回の目は空ろだ。相当ショックだったんだろう。もう俺にも笑ってくれなくなるのかな。 笑顔も大好きだったのに。なんか俺、どんどん奪っていっちゃってるね。 散歩に行こうと促す。意識は朦朧としてるはずなのに俺の言葉に回はいつものように車椅子に手を伸ばした。 押してくれているけれど力は入っていないのかあまり動いていない。俺は自分でタイヤの部分を動かした。 押しているような引きずられているような、ふらついた足取りで回は歩く。 足はふらついているけれど散歩という言葉に反応したから声は聞こえているのだろう。

「回、仮想世界って知ってる?」

俺は独り言のように回に話しかけた。

「そこで今度ゲームが行われるらしくってね。この間招待状が届いたんだ」

何故か一人分だったけど。俺には回がいる世界がよかったし行く気はなかった。 ただ暇つぶしにアバターという仮想世界で使われる体の設定はした。 回に似せて。大人になったらこんな風になるのかな?と想像して作るのは少し楽しかった。 本当に遊び半分で作ったから、役に立つときがくるなんて思わなかった。

「ねぇ、回。そこに行って楽しんできなよ」

家を出る前、体の設定に2つ、思想改変のプログラムも組んで加えておいた。 1つは俺に関することを忘れること、もう1つは何事も楽しくなるように喜の感情を操作した。 俺を忘れることで回がまた笑えるようになるのならかまわない。 本当は悲しいけれど。矛盾に振り回してごめんね、回。

駅のホームに着いたけど回は気づいていないようだ。 力を入れて、車椅子から立ち上がる。壊れそうな痛みが足に走るけれどもう使い物にならなくても構わない。 回と向かい合うように立って、頬を撫でた。冷たい、でもほんのり暖かい。

「ごめんね、回」

そう言って、地面を蹴った。ゆっくり線路に向かって倒れる。 二人で依存しあわなければこんなことにはならなかったのかもしれないね。 もっと人と関わっておいで。俺から解放してあげるから。
やっと意識を取り戻したのか回の目が見開かれている。 嬉しい。忘れてしまうんだろうけど最後に回と意識を共有できて。

「回、大好き」

電車に押されて回の姿は一瞬で見えなくなった。










『温もりの呪縛』










〜〜〜〜〜

まわるのアバターを作ったのは恵です。仮想世界に入ると同時に意識の改変がされるという暗示を無理やりかけられており、 また恵の記憶を忘れるようになっているため、そのことによってまわるは現実世界で満たされていた欲が 恵の記憶がなくなることによって退屈を感じるようになりそれを満たすために現在行動しております。 自分の退屈を満たすためなら他人は二の次です。ゲームに参加する自体暇つぶしの退屈しのぎであり実際は願い事はないようなものです。






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