『回』
誰かが自分の名前を呼ぶ。その声にカタカタと体を震わせて強張らせることしかできない。
『・・回は俺が怖いの?』
寂しそうに声が呟く。違うよ、僕は怖いだなんて思ったことはないよ。
いつだってすごいと思ってた。幼いころから続いてる両親の不仲、それによるいじめ、蔑み、暴力、
どんな扱いを受けたって優しく微笑んでた顔しか見たことなかった。優しく頭を撫でてくれていた手しか知らなかった。
だから守りたいと思ったんだ。どんな不当な扱いからも守って本当に笑ってほしいと思ったんだ。
何を犠牲にしてもいい。今にも消えそうなあの儚い笑顔を守れたら…。
『・・・なのに俺を殺しちゃったの?回』
「・・・・・えっ?」
思わず顔を上げる。優しく微笑んでいる顔と目が合った。
『だってそうでしょう?あの時、俺の後ろには回がいたんだ。自分から線路に飛び降りるだなんてそんな痛いこと…ふふ、するわけないでしょう?』
『すごく痛かったよ。突き飛ばされたときの絶望、電車にぶつかった時の衝撃、地面に叩きつけられた時は真っ赤で…
でもね、回。俺は回のことが好きだから…大好きだから笑ってお別れしてあげたでしょう?』
『なのに一体何を怖がっているの?』
『やっぱり自分が殺したという事実が』
「・・・っ!」
体を跳ね上がらせるように起き上がる。しばらく天井を凝視しながら短く何回も息を吐いた。
体中の震えが止まらない。背中を伝う汗が気持ち悪い。
横目で真っ暗な部屋を確認する。誰一人起きている様子はない。
気配に敏感なセロナでさえも起きていないということは声に出してうなされていたと言うことはないのだろう。
ほっと長い息を吐いて顔を擦った。
もう何回目だろう。第三階層に行ってからずっとこの調子だ。うなされて満足に寝れた例がない。
『恵』という名前を聞いてからまるでぎりぎりと首を絞められているかのように何かが苦しくて仕方がない。
知らないはずなのに。聞いたこともない名前のはずなのに。
それでも何回も夢に出てくる。もう見たくない…見たくないと思えば思うほど夢は鮮明になっていく。
ああ…明け方までまだ遠い。瞼がまた重い。視界がゆっくりと…
「38.3℃。まー、風邪だな」
朝。右手で体温計を振りながらセロナが言う。それをぼんやりとした視界で追いながら息を吐いた。
「熱くて寒いです、セロナ」
「当たり前だ、熱出してんだから。今回のイベントは諦めるしかねーな。寝てろ」
「・・・・・・行きます」
体を無理矢理ベットから起こす。まるで鉛のように重い。けれど寝てるわけには行かなかった。
大人しくしてるだなんて考えただけで頭がおかしくなりそうだし、寝てしまえばまたあの夢を見てしまいそうな気がした。
ふらりとよろめく体を動かして、「あー、まぁ後はよろしく」とライラに向けられている言葉を後ろに部屋を出た。
地下までどうやってきたのかははっきり覚えていない。
地上に似せられて作られた店舗を抜けていく。活気のある声や行きかう人々の声はがやがやとただの雑音としか聴こえない。
歩いても歩いてもそこから進んでるように感じられない。それでも足を動かす。先ほどから探しているものは一向に見つからない。
視界が定まっていないせいか…先ほどライラに手を伸ばされ支えられそうになったがそんなものは弾いた。
体が重い。だるい。早く終わらせたいと思う反面早く終わらせたら終わらせたで休みたいわけじゃない。寝たくない。また夢を見たくない。
ぐるぐると思考が回る。動かす視線と思考に体と頭が追いつかない。
「あーっ、みーつけたっ!それともみつかっちゃった?」
「この場合は見つかっちゃったのほうが正しいんじゃないかなぁ?一応探してたっていってもこっちが倒される側なわけだし?」
「だってこいつら遅いんだもん!ふふっ、僕待ちくたびれちゃったよ!」
姿形、自分達にそっくりな男女が目の前に立っている。なるほど。これか今回の相手か。
今回のゲームは自分達の正反対のコピーを倒すことだと聞いてはいたがそれにしてもテンションが高い。
思わず眉間に皺が寄ってしまう。耳障りな声が煩い。・・さっさと倒してしまおうと武器に手をかけた。
「随分辛そうだね、僕!いいや、まわる?熱がだいぶ上がってきてるのかな?
・・・・それとも恵のことだいぶ思い出してきた?」
目を見開いて凝視する。反転の自分はなんでもないように無邪気ににこにこと笑いながら続けた。
「わかってる!わーかってるよ!反転とは言え僕は君だもん!うんうん、辛いよねっ!
あいつとの思い出はぜーんぶ辛いものばっかりだもんね!我ながらよく頑張った!同情しちゃうくらいだよ!」
「ねぇねぇ、なんの話ぃ?」
「えー、難しい話ー?」
きゃいきゃいと反転は楽しそうにはしゃいでいる。
これ以上あいつに喋らせては駄目だ。余計なことまで喋ってしまいそう。
霞む目を凝らし剣を手に反転の懐に飛び込んだ。
しかし、相手はそれを同じく剣でくすくすと笑いながら難なく受け止める。
勢いをつけて飛び込んだのはこちらなのにどんどん押されていく。体が思うように力が入らない。
「くっ・・・!」
「僕、恵のことが大好きだったよ。憧れだった。頭も良くて運動神経もよくて要領も良くてどんなときも笑ってて、
忙しくても年の離れた僕といつも遊んでくれてた。まるで本当の兄みたいに慕って大好きだった。
・・・でも、でもね」
目の前の自分の形相がみるみる変わっていく。懐かしむような表情から一変して眉は垂れ下がり、顔を赤く染め、
ギリリと歯軋りするように口元を歪め、目からはぼろぼろと涙を零している。
「あいつの!あいつらのせいで僕はおかしくなったんだ!
物心ついたときにはもう四六時中隣の家で起こる夫婦喧嘩に!聞こえる罵声に!何かが投げられ壊れる音に!僕だって恐怖した!
だけど僕の両親は夫婦を止めに行っていて、一人で家の隅で震えて耳を塞いで耐えてるしかない!
怖かった!怖かった!でもそんなこと目の前で見てるだろう恵のことを思ったら些細なことだって耐えられた!
包帯を巻いた恵の姿を見たら涙が出た…なんて可哀想な恵!それでも笑ってる恵!
恵の両親が火事で死んだと知ったときどれだけ嬉しかったか!僕の両親も一緒に死んでしまったけど不思議と笑いが止まらなかった!
ああ、これで恵は幸せになれる!あいつらの呪縛から逃れられる!僕は喉を恵は足を潰してしまったけれどそんなの大したことじゃない!
僕が守っていけばいい!傍にいればいい!学校を辞めて、生きるために汚い仕事に手を染めて、友達も普通もなくしてしまったけれど
恵を守れるなら、あの笑顔を守れるなら…別にどれだけ汚れても構わないって思ってた!
そんな僕をあいつは裏切ってやがった!!!そうだ!僕はいつだってこんなにも恵の笑顔を守りたいと思ってきたのに!!
火事を起こしたのが恵だって!?僕の両親を…普通を壊したのが恵だって!!!?その理由が僕を好きだから!!!?
そうだ、好きだからってと言って壊されて!好きだからといって犯された!!
僕がそれ受け入れられないと知ったらさっさと死んじまいやがった!!!満足そうに笑いながら!!!なんて勝手!!!!
しかも死んじまったあともこんなにも僕を苦しめる!!この憎しみはどこにぶつければいい!!?
一回殺してやってくらいじゃ足りない!!線路から突き落とすだけじゃ足りない!!!憎い!!!!そうだ、僕は恵が憎くて憎くてたまらない!!!!
思い出して!ちゃんと思い出してよ、まわる!僕の…まわるの本当の願い事は何!!?
『退屈からの脱却』!?そんなの本当はどうすれば抜け出せるかわかってるくせに!!!
退屈なのは何故!?それは心に何もないからだ!!恵がいなくなったとき恵のことだけを考えてた僕からは何もなくなった!!
だからこそからっぽの感情は恵を憎むことで満たされる!憎悪だけで埋められる!
自分が誰かにぶつけられたのでは意味がない!自分を誰かに憎ませても意味がない!自分が憎まないと!恵を憎まないと!!!」
「わた・・し・・・は・・・・」
違う。そう否定したいと思うのに声に出ない。体が地面に崩れ落ちる。
地面を握り締めるように手を握っても何もつかめない。目だけが地面を捉える。
「わ・・た・・・・」
私は恵を憎いだなんて思ったことはない。いつだって恵の幸せだけを願ってたのは本当で。
いまだって…。だから線路からも・・・
「僕が突き落としたんだよ?」
反転の自分が笑顔で覗き込みながら笑う。嬉しそうに楽しそうに。
まるで自分が言ってる(思ってる)かのよう。
ライラはまわるが反転のまわるに飛び込んで行ったのを見てサポートしようと体制に入った。
しかし、それはすぐさま遮られてしまう。
「駄目だよぉ!召喚士同士戦おうとしてるんだもん!あなたの相手はあ・た・しぃ!」
にこにこにやにやとライラそっくりの反転が大剣を構えている。
ライラはそれを睨んで対峙するように大剣を向けた。
常々悪趣味なゲームだと思っていたが今回もことさら性質が悪い。
自分で自分を倒すなんていい気なんてするはずないことをわかっていて用意をしているのか。
とりあえずこっちをどうにかしなければあっちのカバーには入れなさそうだ。
さっさと倒してしまわないと。
「なんでかなぁ?わかなんないなぁ?なんでそんな一生懸命になっちゃってるの?」
それを見た反転のライラは構えるのを止め、心底不思議そうな顔をしている。
「契約してるって言っても一方的に結ばれてるだけでしょ?別にあれを信頼してるわけじゃないんでしょ?
勝手に呼ばれて道具扱いされてるだけなのになんで守ろうとしてるの?憎いでしょう?そんなの憎くてたまらないでしょう?
召喚獣だから?そんなのいいじゃない!あいつがやられちゃえば私は獣界に帰れるんだよ?なんで守るの?ここに幸せがあるわけじゃないんでしょ」
ずばずばと言ってくる反転の言葉にライラは否定できなかった。
幸せだなんて思えるはずはない。他の主従とは違って自分達には絆なんてものは見えないし、相手に思い入れがあるわけでもない。
何故守ろうとしてるのか。こっちが聞きたいくらいだった。
「ねぇねぇ、どうせならあなたの召喚士。一緒に潰しちゃおうか?
あたし手伝ってあげちゃうよぉ!あたしは勝てる!あんたは帰れる!一石二鳥ー!」
小躍りしながら提案する反転にライラは動くことができない。
帰れる?召喚士を倒せば帰れる?理不尽な言葉にも嫌々手伝わされる暴力にも服従しなくていい。
痛い思いも怖い思いもしなくてすむ。帰れたら…。召喚士を倒せれば…。
「ギャハハハハハハハ!!!!」
盛大に笑う声に現実に引き戻される。反転のまわるが涙を出しそうな勢いで腹を抱えて笑っていた。
「ライラー!みてみて、あいつっ!幼馴染の話したら一発で壊れやがった!!憎んじゃえば退屈なんて簡単に埋まるのに!ばーか!ギャハハハハ!」
「アッハハ!ほんとだあっ、カッコわるーいっ!先越されちゃったね、ライラ!」
にっこりと笑いかけてくる反転の声に耳を傾けられず、地面にうなだれている召喚士から目が離せない。
いつもの自信満々で物事を見下げている召喚士はどこにいった?
思わず駆け寄って覗き込む。まわるの目は見開いたまま空ろでどこも見てはいない。
「Φは本物倒したら、僕を本物にしてゲームに参加させてくれるかなー?僕があいつの代わりに勝ち上がって願いを叶えてもらうの!」
「願い事ってなにぃー?」
「幼馴染をねー!何度も生き返らせて殺しちゃうのー!」
「なにそれつまんなーい!アハハハハ!」
「・・・っ!」
楽しそうに語る反転にライラは武器を握ってまわるを庇うように立った。
反転のライラはいぶかしんだ顔でそれを見る。
「なにそれ。あんたその召喚士をまだ守るつもり?」
「・・そうね」
「馬鹿じゃないの!そいつがあんたに何したか忘れたわけ!?憎いでしょう?帰りたいんでしょう?庇う必要なんてどこにあるの!?」
「そうね。でもこうしたいんだもの」
「いいじゃない。それを庇うなんて気に食わないけど戦って魔力を早く切らしてあげたほうが早く還してあげられるでしょう?僕は容赦なんてしないよ」
反転のまわるが笑いながら言う。それにライラは怯むことはなく武器を振り上げて二人に飛び込んでいった。
「私はあんたを憎んだりしないわ」
今、ここには二人しかいない。反転の主従は致命傷を与えれば消えた。
ライラは戦いでぼろぼろになった体で召喚士の前に座る。
人形のように動かなくなっている頭を優しく撫でた。
「反転の私はあんたを憎いんだって言ったわ。そうよ、憎んでも仕方ないことをされてきた。
だけど反転の言うことだもの。反対だわ。私はあんたを憎んではいない。
だからあんたも『めぐむさん』を憎んではいない」
どんな関係だったかはわからない。けど本当に憎んでる相手だったらこんなにぼろぼろになってまで否定するだろうか。
まわるはライラの手を支えにするように顔を上げる。
合った目は弱弱しかったが空ろではない。
「うん・・・・・うん・・・・・・・・・・・」
そして小さく頷きながらまわるはゆっくりと眠りに落ちた。
〜〜〜〜〜
うん・・・いいのかなこれで^p^
そんな疑問を残しつつ純さん宅のライラさんをいつものようにお借りして第四階層イベントのSS書かせていただきました!
てか!これじゃあ!まわるが!いい子みたいじゃない!!そんなことないよ!
SSでは反転が汚い笑い方して悪役みたいにみえますが実際は反転のほうが普通にいい子です。
反転の性格は無邪気で人の意見はちゃんと聞く子で反転ライラちゃんが性悪でも蔑ろにせず接します。
ただ感情にははっきりしており、幼馴染の恵を非常に憎んでおります。なのでそれを憎もうとしない本物のまわるも嫌いです。
本物のまわるが恵を憎んでいればここまで攻撃的になったりしません。むしろ手伝ってくれるかもしれない。
・・なんか私反転まわるめっちゃかばってんなwwだって本物腹立つんだものwwww
なにライラちゃんに庇ってもらってるのこの腰抜け!!どれだけ妄想しても全然戦ってくれないから結局ライラちゃんが全部倒しちゃったじゃないの!
まぁ、それだけ恵に思い入れがあるってことなんですが。まわるは自分のために人を憎むとかしません。
全部感情を幼馴染のために裂いてきたので幼馴染が死んだときも好きだと言う彼を受け入れなかった自分をいっそ憎んでくれれば
いいと思ったくらいです。で、今仮想世界で記憶がなかったころも無意識に人を憎ませる行動ばかりしていたと。どうしようもないですねこいつ^p^
こっから改善すればなーと思うんですがすっかり歪んでしまってるんでそうそう上手くいきません。というかさせません。
歪んでるなら歪んでるでさせたいことがあるんでいえーい。私が一番どうしようもないww
それでは長々と。ここまで読んでくださって有難うございました^^