焼け野原を目の前に立ち尽くす。そこには以前二件の家が建っていた。
跡形もなくなったのは数日前でやっと動けるようになって聞かされていた言葉を現実だと目にして実感し愕然とした。
皆燃えてしまったのだ。家も大切にしていたおもちゃも両親も。
散々ベットの上で泣き喚いたので涙は流れない。ただ瞬きすればまつげに水滴がついた。
そっと手が握られる。
横には車椅子に座った幼馴染の恵(めぐむ)がいた。伝わってくる手の暖かさにまた顔を歪める。
「・・・ご・・・・め」
口からは途切れた音と空気しかでてこない。
煙を多く吸い込みすぎたことにより僕の喉はつぶれてしまっていた。
それでも僕は言葉にしたくて何度もごめんとつぶやく。
火事になったあの日。出かけていた僕は予定より早めに帰ってきた。
目の前には赤く染まる家。中に両親が取り残されてると聞いて周りが止めるのを聞かず家に飛び込んだ。
父さん、母さん!燃え広がる家の中必死に叫ぶ。
怖い。怖い。
煙を吸い込みすぎたのか咳が止まらない。あまりの苦しさにその場に崩れ落ちる。
回!と遠くで恵の声がする。こちらに走ってくる影を薄め目で捉えて僕は意識を失った。
そうだ。あの時助けに来てくれた恵は僕のせいで膝から下に大火傷を負い歩けなくなってしまったのだ。
「・・め・・・ん」
謝ってすむ問題じゃないことはわかっている。だけど言葉にせずにはいられなかった。
言葉にならなくても。
俯く僕に恵はいつものように柔らかくにっこりと笑う。
「回が生きていてくれて嬉しいよ」
「よかった、生きていてくれて」
確かに伝わってくる温度に雫が何度も頬を伝う。
恵も両親を亡くして悲しいはずなのにこんなにも僕を気にかけて笑っていてくれる。
この時、何があっても恵を護ろうと誓った。
〜〜〜〜〜
しばらくの間は親が残してくれていたお金でなんとか生活していた。
元々二人とも親戚とは疎遠で保護施設にもお世話になったりもしていたが恵がそれを嫌がり、今は二人で小さなアパートを借りて暮らしている。
14歳と18歳とはいえ、兄弟のように育ってきたから一緒に暮らすことには今更抵抗はなかった。
ただお金がない。恵は車椅子がなければ自由に動けないし、僕は声が出ない上にまだ若い。
普通のところでは雇ってもらえず汚い仕事はなんでもやってきた。仕事は選ばなければお金はもらえた。
ただそういうところにいるとやっかみが飛んできたりする。
親がいないこと。声がでないこと。ただの態のいい八つ当たりでもあったのだろう。
絡まれない日は少なくなかった。今もそう。
「・・・ぐ・・っあ」
3人まとめてかかってきたくせに情けない。二人はすっかり気絶し、一人は足の下で醜いうめき声を上げている。
それを冷たい目で一瞥しもう一度蹴り上げた。何回蹴っても汚い声しかあげない。汚い。
「あ、回〜。こんなところにいたんだ」
不釣合いな明るい声が響く。恵はすっかり車椅子に慣れたのかこの狭い路地裏を器用に通ってくる。
恵の姿に思わず顔が緩む。だけど恵は僕と地面のものを見て、心配そうに首をかしげた。
「また喧嘩したの?」
恵の両手が優しく頬を包み込む。いつの間にか怪我をしていたのか触れられた場所がピリッと痛んだ。
大丈夫。口だけぱくぱくとだけ動かす。今日は喉の調子が悪かったのもあるが恵には
言ってることがわかるようなので口を動かすだけで問題はなかった。
「負けず嫌いなのは知ってるけど喧嘩とかしちゃ駄目だよ。俺だって回が怪我するの許せないんだから」
ね、とにっこり笑う顔を見て曖昧に頷いた。また吹っかけられたら喧嘩をすると思う。
そう思って頷いてることはわかっているだろうに恵は気づかない振りをして、いい子だねと頭を撫でた。
「でもいいな」
恵がぽつりとつぶやく。
「こうやってさ。喧嘩吹っかけると回はその相手しか見てないもんね。相手のことを考えて殴って、蹴ってしてるんだもんね。その瞬間、回の意識をものにできるよね」
いいなぁ。ともう一度つぶやく。
何を言っているのかわからなくて目を見開いた。そんな僕を覗き込むようにして恵が見る。
「ねぇ、回。俺を蹴ってよ」
あまりの言葉に血の気が引いていくのが分かる。嫌だと口にするよりも先に思いっきり首を横に振った。
僕が恵を蹴る!?ありえない。
恵は少し残念そうにそう?と言っただけで勢いよくされた拒否を気にしてはいないようだった。
「じゃあ、俺のこと…好き?」
今度は勢いよく縦に首を振る。
当たり前だ。恵は大切な幼馴染で、兄で、家族だ。そして僕を助けてくれた恩人だ。
嫌いなわけがない。むしろ恵がいなければこんな世界など意味はなくて…恵を護ることで自分の世界は成り立っている。
「そっか。ならいいや」
僕の反応に恵は嬉しそうに笑うと手を引いてきた。
「帰ろう。俺、お腹すいちゃった」
振り向きざまに車椅子に引かれたモノが「ぐぁ…っ」とまた呻くのを僕は指して気にもしなかった。
〜〜〜〜〜
いつまでも恵の優しい笑顔は変わらない。
そう思っていた僕だったから何年か立って、恵が言った言葉に何も言うことができなかった。
「だから燃やしたの、俺だよ?」
生活は安定してきた。相変わらず汚い仕事もやっているけれど相手も飽きたのか絡まれることが少なくなった。
だけど時々無性に寂しくなる。恵がいるといっても両親がいなくなったことが悲しくなくなったということはない。
ぽつりと久々に話題にしたあの日のことになんてことはないように恵は言った。
誰が?何を燃やしたって?
動揺を隠せない僕に恵は冷静に笑いながら言う。
「あいつら俺が回を好きだっていった事に目くじら立てて怒るんだ。しまいには遠くに引っ越してでも俺と回を引き離そうとするんだもの」
だからそうなる前に燃やしちゃった。からからと笑ってとても楽しそう。
「でもごめんね。せっかく回が出かけてる時に燃やしたと思ったのに帰ってきて飛び込んできちゃうんだもの、俺吃驚しちゃった」
回の声好きだったのに残念だな。首元を手が這う。暖かいと感じていた手がとても冷たい。
抱きしめられたと思ったら床にぶつかった。目の前には天井と笑顔。
「回、大好き」
いつもと同じ笑顔なはずなのに大好きな笑顔のはずなのにそれに僕は恐怖を感じた。
居間で椅子に腰掛ける。だけどこの気だるさを支えるにはそれだけでは足りなくてテーブルにも体を預けた。
窓の外はいつの間にか明るくなっていて。でもそんなことよりも体が重い。それよりも中で渦巻く何かが重い。
頭にはなんでなんでという恵の行動に対する疑問の言葉だけが浮き上がる。
恵のすることに今まで一度だって疑ったことなんてなかったのに。
「回」
頬に伸ばされた手にビクリと体が震える。それを見た恵は苦笑してゆっくり目元を撫でた。
「隈ができてるね」
昨日無理させちゃったね。ごめんね。今日は仕事休んじゃいな。
そう言って優しく撫でる。僕は力なく頷いた。そんな僕に恵は微笑むと散歩に行こうと促した。
何時もの動作で車椅子に手をかける。だけどそれはすごく重い。
〜〜〜〜〜
ボーっとしていたのかいつの間にか駅のホームに立っていたらしい。
「(そうだ…散歩に…)」
そういえば途中で恵がちょっと遠出しようかと言っていた気がする。
「「「キャー!!!!!!」」」
大きな叫び声にハッと意識を戻した。
顔を上げると恵の体がゆっくり線路に向かって倒れていっていた。
まるでスローモーションにかかっているようなのに手は伸ばしても掴めそうにない。届かない。
恵がこちらに両手を広げてゆっくりと倒れていく。
「回、大好き」
いつもの笑顔は電車の陰に消えた。
『笑顔の呪縛』
〜〜〜〜〜
これだけ見ると現実世界のまわるは優しいいい子に感じられますが誰にでも普通に友人とか作ったりして接していたのは
火事前までで恵を守らないとという意思と汚い仕事ばかりしてきたので恵以外の人はゴミだと思ってしまっております。
(なので現実世界で会っている茘枝さんには恵に嫌がることをしたと勝手に誤解し平気で蹴飛ばしたりしているという設定があります)
一番で家族だと思っていた恵に裏切られ(たように感じている)また絶対優先しなければいけないと思っている恵を
拒否してしまった自分にも酷い嫌悪感を感じており、仮想世界では他人からの好意を受け入れなれなくなってます。
受け入れられないのでだったら憎悪に変えちゃえばいいんだという深層心理。
ただ恵に関する記憶は忘れておりますので全部無意識です。完全に人の嫌悪の顔を見るのが楽しいからやってるんだと思っております。
よろしければモブではありますが対になってます幼馴染、恵視点の小説もどうぞ^^
→『温もりの呪縛』